民事信託は成年後見よりもメリットが多いだけではない

相続対策として、早い年齢からでも老後の生活を安心して送れる準備方法に『民事信託』があります。民事信託を活用することで、成年後見をはじめ、生前贈与、遺言書など、従来の対策では問題のあった部分を補うことができ、自分の意思のもと、財産を家族に託しながら安心して管理・運用することができます。

近年、新しい財産管理や相続対策、事業承継の仕組みとして民事信託が注目を集めていますが、まだまだ新しい制度ですので、一般的に理解されていないのが現状です。

この記事では、民事信託の仕組み・メリット、成年後見よりも優れている点、他の相続対策の問題点、などについて解説していきます。

認知症となり意思能力が無くなってしまうと何ができなくなる?

私たちは、年齢にかかわらず、いつ何時、病気になったり、事故に遭ったり意思表示能力や判断能力を失ってしなうかわからないリスクがあります。

認知症や知的障害など思考能力が無くなると、主に以下の行為ができなくなります。

  • 法律行為
  • 遺言書の作成
  • 不動産の売却、大規模修繕、贈与
  • 預貯金の高額引出及び解約

特に、「個人事業主」「中小企業の経営者」「多額の財産がある」というケースでは大きな影響が出ます。これを防ぐためにも、本人が元気で判断能力がしっかりしているうちに株式や不動産の売買、自社株の譲渡、暦年贈与の継続などを実現できるように、『民事信託』を活用した対策が大切です。

成年後見制度の仕組みと後見人の仕事について

成年後見制度とは、認知症や知的障害など判断能力が十分でない人を保護し権利を守るための制度です。

成年後見人制度の種類には2種類があります。ひとつめは、本人が認知症になった後に家族などの申し立てにより家庭裁判所が成年後見人を指定する「法定後見制度」。もうひとつは、本人が元気なうちに自分が選んだ人と任意後見契約を結んで認知症になったときに任意後見人になってもらう「任意後見制度」です。

この法定後見制度では成年後見人に本人や家族が希望する人が選任されるとは限りません。成年後見制度における後見人の仕事は、被後見人の心身の状態や生活状況を配慮しつつ財産を適正に管理し、必要な代理行為を行うことです。

大きく分けると、被後見人の医療、施設への入所をはじめ、監護、生活や医療介護などに関する契約など、被後見人が安心して生活を送れるようにサポートする「身上監護」、被後見人の生活に必要な費用支出や財産の収入・支出を帳簿等に記載して管理する「財産管理」が主な仕事となります。

成年後見制度の問題点

後見人は被後見人の現金や預貯金、不動産の管理だけではなく、家賃、社会保険料、税金の支払いなど、すべての財産を管理しますが、あくまでも、成年後見制度は本人の「財産管理・権利擁護」を目的とする制度です。

成年後見制度では、被後見人の財産を適切に維持管理すればいいだけですので、財産管理とはいっても資産運用や株式投資など、リスクを負ってまで増やす必要はありません。

原則として、成年後見を利用すると本人の保有財産の積極的な運用や相続税対策はできません。

成年後見を利用しても、結局は財産の管理・保全のみであり、財産の運用や売買には裁判所の判断が必要となり、実質的に困難であることも実情です。

成年後見ではできないこと

成年後見にはいくつかの問題点がありますが、相続手続きにおいても以下のことはできません。

  • 遺言書の代筆
  • 財産の贈与
  • 不動産の売却(家庭裁判所の許可が必要)
  • 借り入れや資産の組み換え
  • 相続対策

成年後見制度は必要!?

成年後見制度のみの利用では問題があるのが実情です。

ただし、成年後見制度のおかけで守られている人権・財産をはじめ、利用促進法等の充実により財産管理以外の部分である身上監護における後見人の役割は非常に重要です。

つまり、成年後見制度の利用が必要というわけではなく、判断能力が十分でない人を守る仕組みとして成年後見制度は必要な制度と言えます。

遺言書があるから大丈夫は間違い!

一般的な遺言書の作成には、相続人全員の呼出状(検認手続)が必要な「自筆証書遺言」、他の相続人の印鑑がなくても不動産相続登記が可能となる「公正証書遺言」、証人が必要な「秘密証書遺言」の3種類があります。

ただし、遺言書を紛失してしまえば記載不備となり、遺言内容が無効になってしまいます。その他にも、債権者による差し押さえや担保権設定の可能性があり、相続人・受遺者全員が同意すれば遺言内容を変更できる。孫など第2次相続以降の受遺者の指定ができないなど、遺言書には大きな問題点があります。

また、夫が遺言書を残さずに他界した場合、法定相続人が妻と子2人の場合、妻が2分の1、子がそれぞれ4分の1、これが法定相続割合となります。

日本では、法的に有効な遺言書がなければ自動的に法定相続となり、たとえ法的に有効な遺言書があり全財産を特定の子に継がせたいと思っても、遺留分の規定により4分の1はもう一方の子が後から請求出来てしまうのです。

相続税対策の有効手段である生前贈与には様々な不安がある

生前贈与は被相続人の資産を減少させる相続税対策として有効な手段の一つです。しかし、生前贈与には様々な心配や不安がつきまといます。

例えば、財産を贈与してしまうと、親の面倒をみてくれなくなる。勝手に不動産を売却されてしまう。家賃収入を浪費してしまう。など、心配や不安はさまざまですが、特に、子が先に亡くなってしまうと、子の配偶者に相続されることになり、結果的に配偶者の親戚に資産がわたってしまう可能性もあります。

さらに、生前贈与の大きな問題は、贈与税が大きな負担となるということです。

民事信託の仕組みについて

大正11年(1918年)に信託法が制定されてから84年ぶりとなる平成19年(2007年)に大きく改正され執行された新信託法が『民事信託』です。

信託法に基づく民事信託は、財産を有する者が家族・親族等の信頼できる方に財産を託すことで財産を有する者の望む形の管理・承継を実現することができることです。

信託では、財産をもともと持っていた人を「委託者」財産を託された人のことを「受託者」と呼び、信託財産から利益を受ける人(委託者)を「受益者」とも呼び、委託者と受益者の二つの立場に立つことが一般的です。

高齢の父親が不動産を所有していたケースを例とすると、まず、父親(委託者)と長男(受託者)で信託契約を締結し、不動産の所有権移転登記を行いますが、民事信託での所有権移転登記の名義人を変更する原因は「信託」となります。

その後、受託者である長男は不動産の管理、修繕、処分など、不動産を運営することになり、賃貸物件である場合、家賃収入は、一度、長男の信託口座(銀行口座)に入ることになりますが、家賃収入は受益者である父親に渡すことになります。

民事信託の受託者の義務

上記例のように、信託法では、受託者に対する基本的な義務付けとして、受益者のために忠実に信託事務の処理をしなければならない「忠実義務」。間違いのないように注意して信託事務を処理しなければならない「善管注意義務」。信託財産と固有財産、その他の信託に属する財産を分別して管理しなければならない「分別管理義務」という3つの義務があります。

これに伴い、受託者は、信託資産の管理・処分だけではなく、財務・経理を受益者のために行わなくてはなりません。

この他にも

  • 受託者は信託事務の処理を第三者に委託する場合、適切なものに委託しなければならない、また、当該第三者に対して必要かつ適切な監督を行わなければならない「信託事務の処理の委託における第三者の選任・監督義務」。
  • 受託者は、受益者複数の信託において、受益者のために公平にその職務を行わなくてはならない「公平義務」。
  • 信託財産にかかる帳簿その他の書類作成や一定時期に受益者に対して報告し、その書類を一定期間、保存しなければならない「帳簿等の作成等、報告・保存の義務等」。
  • 受益者が任務を怠ったことにより、信託財産に損失または変更が生じた場合、受益者の請求により損失の補てん又は原状回復の責任を負う「損失補てん責任等」。

などの義務があります。

民事信託の課税はどうなるの?

民事信託を利用することで、受益者は不動産の所有者ではなくなりますが、家賃収入を得る事実上の所有者とみなされますので、課税対象は受託者である長男ではなく、受益者である父親に課税させることになります。

受益者は信託法第138条から第144条において、もともと財産を持っている父親ではなく、家族のなかでも障害を持つ兄弟など、未成年者、成年被後見人、被保佐人、当該信託の受託者以外の者であれば誰でも受益者になることができます。

民事信託では、受託者と受益者が同じ場合は「自益信託」と呼びます。自益信託では、事実上の所有者となる受託者に移転登記しても贈与税は発生しません。

ただし、受託者と受益者が異なる場合は「他益信託」と呼び、他益信託では贈与税が発生しますので注意が必要です。また、受益者が死亡して相続が発生した場合、受益保有者に相続税がかかることになります。

なお、受益権の相続税評価は信託財産の価値と同じですが、信託財産が住居用宅地である場合や小規模宅地である場合など、評価減の特例対象となっている場合は評価減を反映することができます。

つまり、民事信託を利用して財産を信託しても、課税上不利になることはないということです。

民事信託のメリット

改正前の信託では、信託の仕組みの使用が許可された信託銀行や信託業者など他人が財産管理の受託者となる「商事信託」が主流でした。

従来の信託では、民放規定により生前の財産管理や相続後の資産承継・財産管理には委託契約、成年後見制度、遺言執行、数次相続と委託者の状態に応じて段階を経る必要がありました。

民事信託では、これらを一気通貫して行えるようになります。また、信託銀行や信託会社ではなく、信頼できる家族に財産の管理・処分を託せる制度なのです。

他にも、民事信託では、自分が元気なうちに信託契約を締結することで「成年後見人制度に代わる柔軟な財産管理が実現できる」、「法的相続の概念にとらわれない財産継承が実現できる」、「不動産等の共有相続の紛争予防にも活用できる」などというメリットがあります。

民事信託は、他人ではなく信頼できる家族に財産の管理・処分を託せることから『家族信託』や『個人信託』とも呼ばれており、信託と成年後見の仕組みを組み合わせた制度といえるのが民事信託です。

民事信託を利用することで可能になる

民事信託を利用することで、認知症や知的障害など判断能力が喪失してしまっても家族が本人の意思を引継いで、託された家族が財産の管理・処分・税金対策をすることができます。

不動産については修繕、管理、売買契約をはじめ、賃貸物件への建替えやその収益を委託者の施設入所の費用や毎月の利用料とすることも可能です。

信託契約を結ぶことで、名義はもともとの財産保有者(委託者)から家族(受託者)に移りますが、信託財産となりますので贈与税が発生することはありません。また、信託財産から何らかの利益を得るのは委託者(受益者)となり、贈与に比べ登録免許税が5分の1になるというメリットもあります。

民事信託を利用するための注意点

民事信託は信頼できる家族に財産管理を託すことができ、税金対策も可能になりますが、民事信託は信託契約が必要になります。このため、判断能力がなくなってから契約を締結することはできません。

民事信託を進める上で、重要な前提条件は、判断能力のあるうちに、意思表示としての信託法に基づく信託契約を締結する必要があるということです。

また、信託財産は契約で設定された目的のためにしか処分できないことが「信託法2条1項」において「特定のものが一定の目的(専らその者の利益を図る目的を省く)に従い財産の管理又は処分及びその他の当該目的の達成のために必要な行為をすべきものとする」と定められています。

民事信託の利点を最大限に発揮させるためには、目的をしっかりと決めて、それを達成できるような契約内容を設計しておくことが大切です。民事信託はまだまだ新しい制度ですので、一般的に理解されていないのが実情ですが、これから多くの人の手助けになっていく制度です。

ただし、民事信託の手続きは複雑ですので一般の人がご自身で手続きをおこなうのは難しいと言えます。民事信託の仕組みをよく理解している専門家(弁護士、司法書士など)にまずは相談しましょう。

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