あのセレブの莫大な遺産のゆくえは?お金持ちの晩年はお金で揉めるケースが多い

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あの海外セレブの遺産相続

国内外問わず、有名人が亡くなった際に莫大な遺産がどうなったのか、ニュースなどで取り上げられることがありますね。

特に、海外セレブの遺産相続はスケールが大きくて驚きます。

今回は、そんな海外のスターや著名人が亡くなった際の遺産のゆくえや話題についてご紹介します。

スティーブ・ジョブズ

米アップル社の共同設立者の一人だったスティーブ・ジョブズが亡くなったのは、2011年10月5日です。56歳でした。ジョブズ氏の遺産のほとんどはアップルとディズニーの株式で、68億ドルにものぼります。

ジョブズ氏が亡くなった後、注目されたのは未亡人となったローリーン・パウエル・ジョブズ夫人です。
ジョブズ夫人の資産額はジョブズ氏が亡くなった直後に90億ドルとなっていたそうですが、翌2012年にフォーブズが発表したアメリカの個人の資産額ランキングでは、110億ドルで28位となっています。そして2013年には115億ドル(1兆1500億円)。しっかりと資産管理をされているようです。

ダイアナ元英国王妃

1997年8月31日にダイアナ元イギリス王妃が交通事故で亡くなったことは、日本でも大きな衝撃的な出来事として話題になりました。
元々名門貴族のスペンサー伯爵令嬢であるダイアナ元妃ですから、遺産も莫大なものでした。その遺産の一部を、遺言信託によって息子であるウィリアム王子とヘンリー王子に残しています。

注目の遺言信託の内容とは、ウィリアム、ヘンリー両王子が25歳を迎えた時に1000万ポンド(約17億3000万ん)を相続するというものでした。
後に代理人によって年齢が30歳に引き上げられ、2012年6月21日にウィリアム王子が、2014年9月15日にヘンリー王子が、それぞれ30歳を迎えて、遺言通りに遺産を相続しました。

マイケル・ジャクソン

亡くなった後でもお金を稼いでいる有名人として、ダントツの1位なのが2009年6月25日に亡くなったマイケル・ジャクソンです。トップアーティストとして築いた財産の莫大さが伺えますね。
そんな彼だからでしょうか、1995年に自分の財産を管理するための財団「Michael Jackson Family Trust」を設立しています。

そして遺産についてはこの財団を通じて40%は自分の母親であるキャサリン・ジャクソンに、40%は長男プリンス、長女パリス、次男ブランケットら3人のこどもたちに、残りの20%はチャリティに分与する手続きをとっていました。
子どもたちは、それぞれが30歳になった時に1/3、35歳で1/2、40歳までに残りの全額を自由に使えるという権利を得るそうです。

ロビン・ウィリアムズ

ダイアナ元妃、マイケル・ジャクソンと同様に信託財産を設定していたとされるのが、アメリカの名俳優ロビン・ウィリアムズです。2014年8月11日に63歳で亡くなりました。まだ記憶に新しいのではないでしょうか。

信託財産(遺言信託)は、莫大な額の財産を一気に相続することによって、子どもがダメになることを避けたいという親心から設定されることが多いようです。
ウィリアムズ氏の総資産額は不明ですが、子どもたちに対しては、21歳、25歳、30歳の3段階に分けて相続するようになっているとのことです。

マーロン・ブランド

オスカー俳優マーロン・ブランドが80歳で亡くなったのは、2004年7月1日です。遺産は2160万ドル(約16億円)でした。この遺産を巡り、ブランド氏が亡くなった直後から泥沼の争いが始まります。

遺言では、10歳から46歳までの10人の子どもがいると明記されていましたが、事情により8人を正式な相続人として分配することになりました。ところが、遺産のほとんどが不動産で毎年50万ドル(約3800万円)の収入があるものの、それを8で割れば一人が受け取れる額はわずかです。

激怒した子どもたちの要求により、遺言執行者は不動産の一部を売却したり、リゾート地として開発したり、様々な努力をしていますが遺産の分配はうまく進められてはいません。

そんな中で、ブランド氏にセクハラされていたと訴えるメイドや、肉体関係にあって遺産をもらう口約束をしたと主張して訴訟を起こすメイドが現れます。さらには、最期を看取った交際相手が、ブランド氏の遺灰の一部を人質にして裁判を起こすという事態に。これらは全て、遺産目当てに行われたものです。

お金で人が変わってしまう…そんな遺産相続の側面を目の当たりにするエピソードですね。

ジェームズ・ブラウン

同じく相続で裁判沙汰に発展したのは、ファンクの帝王ことジェームズ・ブラウンです。ブラウン氏が73歳で亡くなったのは2006年12月25日。
遺言書が残されていたのですが、そこには未亡人となった妻と息子の名前はなく外で作った6人の子どもの名前が記されていました。しかも、ブラウン氏の死亡後、妻は自宅に入ることすら禁止されていたそうです。

当然のことながら、妻は遺産相続の異議申し立てを裁判所に申請します。ところが、遺言執行人は、妻が前の夫と離婚が成立する前にブラウン氏と結婚したことを理由に、妻が申し立てている遺産の半分は受け取る権利はないと主張します。
また、6人の子どもたちも資産管理人が信用できないからと、解雇を求めて裁判を起こしました。

この争いは最終的に、裁判所の命令によって遺産の半分を慈善事業に寄付、1/4を妻と息子に、残りは6人の子どもたちに相続させるというかたちで解決しました。
遺産の半分を慈善事業に寄付をしたとしても、楽曲著作権による莫大な収益によって、相続人たちは一生お金に困らない生活が約束されているそうです。

ジミ・ヘンドリックス

1970年9月18日に27歳の若さで亡くなった“ジミ・ヘン”の愛称でも知られる天才ギタリスト、ジミ・ヘンドリックス(本名:ジェームズ・マーシャル・ヘンドリックス)の場合も、遺産相続は骨肉の争いとなりました。

遺言は残されていなかったので、遺産相続の権利があったのは2人の子ども、父親のアル、兄のレオン、腹違いの姉、同居していた彼女、婚約していたと主張する女性の7人でした。しかし、父親のアルが2人の子どもはジミーの子どもではない、法律に従えば自分が唯一の相続人だと主張します。
さらに弁護士を雇って、ジミ・ヘンの音楽著作権や肖像権を管理する会社を設立した父親は、資産を8000万ドル(約62億円)まで増やしたそうです。

2002年にアルが亡くなり、会社は彼が再婚した際養子にした娘のジェイミーが相続しますが、これに異を唱えたのがジミ・ヘンの兄のレオンです。レオンによれば、1996年にアリが作成した遺言書には、資産の24%をレオンに、38%をジェイミニーに、残りを他の親族に受け継がせると明記してあったというのです。
レオンは、ジェイミーが自分一人で相続することを目論んで、違法に他の相続人の名前を消したと主張して訴訟を起こしました。

裁判では、ジェイミーがどこへ行くにもファーストクラスで、贅沢三昧で資産を散財させていたことが暴露され、一方ではレオンが薬物依存症であることなども明らかにされるなど、泥沼化しました。
最終的には、ジェイミーのみが会社を運営できることになったものの、資産を使うことはできなくなりました。

まとめ

いかがでしたか?信託財産という方法で計画的に相続させることを実現した例もあれば、ドロドロの相続争いへと発展した例もあります。

日本でもそうですが、遺産相続というものは、遺言書があっても争いになることがあります。

いずれにしても、財産を遺してくれた故人に恥ずかしくないよう、大事に受け継いでその後の人生を送りたいですね。

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